ゴリラの魅力

ゴリラの魅力

ゴリラの魅力

呼吸の聞こえる距離で

最近、誰かと見つめ合ったことがありますか。
沈黙のなかで、ただ瞳だけを通して語り合ったことは――。

私は、この13年、ほとんど毎日それをしてきました。
相手は人間ではありません。
マウンテンゴリラです。

はじまりは、一頭のゴリラでした。
内戦のただなかのコンゴ民主共和国、カフジ・ビエガ国立公園で。
息を殺し、地を這い、薮をかき分け、熱帯雨林の湿った匂いの中で私はその影を追っていました。

かつて人に慣れていた群れは、人付けが絶たれて一年半。
人の姿を恐れ、森の闇に溶けるように逃げていきます。
200頭ものゾウが兵士に殺されたため、彼らの踏み跡も消え、見渡す限り背の高い薮。
カメラに映るのは、時おり揺れる黒い毛のかたまりだけでした。

Keiko Mori [Photo by Jordi Galbany Casals]

あの日、匍匐前進で足跡を追っていたときです。
ふいに薮が途切れ、小さな空間が現れました。
そこに――
黒曜石のような瞳を持つ巨大なオスが、どっかりと座っていたのです。

「森さんを見てるぞ」
山極さんが私の耳もとでささやきました。山極さんは、ゴリラ研究では世界的第一人者で、私たちクルーはTBSの番組制作のため彼のフィールドで撮影を試みていたのです。
「見つめ返せ。目で何かを語れ。」

目でって、、、伝わるの?!でも、やってみるしかない。
私の心は、視線の中で試されている――と、感じました。

「私はあなたの敵じゃない。助けに来たのよ。」
目に力をこめて語りかけると、オスから「ぐふ〜ん」とひと声が。
その響きは、森全体をやさしく震わせました。
 「よし、撮影できるぞ」
 山極さんの声とともに、薮の奥から子どもたちが姿を現したのです。

このオスの名は、ラムチョップ。
私が初めて、目でこころを交わした相手でした。

2011年から、私はルワンダのボルカノ国立公園のふもとに暮らしています。
毎日、火山に登り、マウンテンゴリラの瞳をカメラに収める日々です。

ゴリラたちは見つめ合い、あらゆることを伝え合います。
愛のかけひきも、お願いも、謝罪も、そして夫婦喧嘩までも。

私にも言います。
イサブクル 「そばに来ていいよ」
ウブウズ 「しばらく来なかったね」
ムガンガ 「子どもが生まれたの、見て!」
セガシラ 「マスクで君だってわからなかったよ、脅してごめん」

ラムチョップ
ラムチョップ

おそらく、人類もかつてはゴリラのように「目で通じ合う」生物だったのでしょう。
人類が誕生したのは、800万年前。言葉が生まれたのはわずか7万年前です。何百万年もの間、コミュニケーションをするにも「言葉」はなく、「目で語り合う」しかなかったのです。

しかし、今はそうではありません。
思い返せば、中学生のころ。
ひとりの男子に見つめられて、胸が熱くなったことがありました。
娘の時代になると「コクる」つまり言葉にして想いを伝えるようになりました。
いまやSNSのメッセージひとつで、「好き」も「別れたい」も届けられます。瞳も、顔も、そこにはありません。
ゴリラは、私たち人間が行わなくなった「目で語り合う」ことを今も行っているのです。

この70年で、ゴリラの数は20分の1に減りました。
今や世界中のゴリラが絶滅危惧種です。

ラムチョップは、出会いから半年後、兵隊に殺され食べられました。
あの日見つめ合った瞳が、もうこの世にないことを知ったとき、私は決意しました。

彼らと交わした沈黙の会話を、写真と映像で伝えたい。
それは、ラムチョップの瞳から授かった、私の使命だと感じたからです。

そしてこのホームページを通して、あなたにもその瞳を見てほしい。
あの森の静けさと、ぬくもりと、息づかいを――。
ページをめくるたびに、あなたとゴリラの視線が出会うように願いながら。

NPO法人 ゴリラのはなうた♫
CEO 森 啓子

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